唇をキュッと結び、無表情で、時には眉間に皺を寄せたしかめ面で、街を、林の中を、車の行き交う道路を、迷う事なくズンズンと歩く。手持ちカメラが不安定に揺れながら、近距離でそれを追う。大きな目に長い睫毛、すっと通った鼻筋、紅潮した頬。美しい顔をしているのに、笑顔らしい笑顔を見せるのはたった一度だけ。それも困ったような、はにかむような。喜怒哀楽の喜と楽を、ついに見せる事なく映画は終わる。
「ロゼッタ」のような映画を観たとき、自分はこの映画について何か言える資格があるのだろうかと、そしてそんな考え自体がすでに、安全地帯にいる傲慢な偽善者のそれではないかと、いつも自問することになる。
絶望的な貧困の中、“まっとうな生活”がしたいと強く願い、必死で仕事に就こうともがく少女ロゼッタの姿を淡々と映すこの映画は、ベルギーのダルデンヌ兄弟(兄:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、弟:リュック・ダルデンヌ)による1999年公開の作品だ。是枝監督やケン・ローチ監督がお好きな方は、ダルデンヌ兄弟監督作品も好きかもしれない。
私は恥ずかしながらこの作品を観るまで、ベルギーといえばブリュッセル、チョコレート、ワッフル、ベルギービールであり、なんとなく国全体的に文化的水準が高そうだというふわっとしたイメージしか持っておらず、こういった若者の失業や貧困の問題は全く知らなかった。さらに後で知ったのだが、この映画は大きな反響を呼び、ベルギーではのちに「ロゼッタ・プラン」という若者の雇用を後押しする法律が成立したという。それほど青年層の失業と貧困は深刻な社会問題だったらしい。
ロゼッタには家がなく、アルコール中毒ですぐに男と寝てしまう母親と街外れのトレーラーハウスに住んでいる。理不尽に仕事を解雇され、古着を売るがわずかなお金にしかならず、いつも同じ服を着て、池に手製の罠を仕掛けてマスがかかるのを待ち、また新たな仕事を探しに出掛けていく。ビールを飲むシーンはあるものの、年齢はおそらく17歳くらいだろうか。17歳のとき、自分は何を考え何をしていただろう。ちなみにそのビールのシーンは、ちっともおいしそうじゃない。私はビールが大好きなのだが、ああビール飲みたいなという気持ちには全然ならなかった。
友達もいないロゼッタだったが、リケという青年と知り合い、それがきっかけとなり働き口が見つかる。その時にロゼッタはこうつぶやく。「あなたはロゼッタ、わたしはロゼッタ…」。自分を自分から切り離しそのもうひとりの自分に話しかける時というのはどういう時かと思い返してみると、このロゼッタの姿や後に続く言葉はずんと胸に響いた。またその後の展開も、よりずっしりと重みを増してくる。
「ロゼッタ」のような映画を観たとき、自分はこの映画について何か言える資格があるのだろうかと、そしてそんな考え自体がすでに、安全地帯にいる傲慢な偽善者のそれではないかと、いつも自問することになる。
絶望的な貧困の中、“まっとうな生活”がしたいと強く願い、必死で仕事に就こうともがく少女ロゼッタの姿を淡々と映すこの映画は、ベルギーのダルデンヌ兄弟(兄:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、弟:リュック・ダルデンヌ)による1999年公開の作品だ。是枝監督やケン・ローチ監督がお好きな方は、ダルデンヌ兄弟監督作品も好きかもしれない。
私は恥ずかしながらこの作品を観るまで、ベルギーといえばブリュッセル、チョコレート、ワッフル、ベルギービールであり、なんとなく国全体的に文化的水準が高そうだというふわっとしたイメージしか持っておらず、こういった若者の失業や貧困の問題は全く知らなかった。さらに後で知ったのだが、この映画は大きな反響を呼び、ベルギーではのちに「ロゼッタ・プラン」という若者の雇用を後押しする法律が成立したという。それほど青年層の失業と貧困は深刻な社会問題だったらしい。
ロゼッタには家がなく、アルコール中毒ですぐに男と寝てしまう母親と街外れのトレーラーハウスに住んでいる。理不尽に仕事を解雇され、古着を売るがわずかなお金にしかならず、いつも同じ服を着て、池に手製の罠を仕掛けてマスがかかるのを待ち、また新たな仕事を探しに出掛けていく。ビールを飲むシーンはあるものの、年齢はおそらく17歳くらいだろうか。17歳のとき、自分は何を考え何をしていただろう。ちなみにそのビールのシーンは、ちっともおいしそうじゃない。私はビールが大好きなのだが、ああビール飲みたいなという気持ちには全然ならなかった。
友達もいないロゼッタだったが、リケという青年と知り合い、それがきっかけとなり働き口が見つかる。その時にロゼッタはこうつぶやく。「あなたはロゼッタ、わたしはロゼッタ…」。自分を自分から切り離しそのもうひとりの自分に話しかける時というのはどういう時かと思い返してみると、このロゼッタの姿や後に続く言葉はずんと胸に響いた。またその後の展開も、よりずっしりと重みを増してくる。
ところで前述したようにビールが大好きなので、出てくるとつい気になって、これはなんというビールだろうと画面を一時停止してまじまじと見てみた(一時停止できるのも、配信ならではの良さである)。知らない銘柄だったが、調べてみると「Jupiler(ジュピラー)」というラガービールで、ビール大国ベルギーで最もポピュラーで最も売れているらしい。日本のアサヒやキリンみたいな感じか。飲んでみたいと思いネットで買えないか探してみたが、残念ながら流通は国内のみらしく、ベルギーでしか飲めないようだ。ピードボーウフという醸造所が造っていて、名前は醸造所の拠点であったジュピル地区からきているらしい。ベルギーのプロサッカーリーグは「ジュピラーリーグ」といい、それはここがメインスポンサーになっているからとのこと。そのことからもベルギーにおける知名度や浸透度がうかがえる。
と、またしても飲食の話に脱線してしまったが、閑話休題。私が映画を観る理由はとにかく好きで楽しくておもしろいからであり、ワンダーでエキサイティングであるからで、新しく何かを知るためにとか勉強するためにといった崇高な目的で観るのではない。しかし、結果的に、映画がそれまで知らなかった社会問題や歴史や事件や偉人の存在を教えてくれて、新たに知識を得たり問題意識が自分の中に芽生えたりすることは往々にしてある。冒頭で「何か言える資格が」と書いたが、きっと本当は何も言う必要はなく、そういう映画を観たことは自分の血肉となり、その後の生き方やふるまいに静かに影響を与え続けるのかもしれない。
最後にやっと泣けたロゼッタと、彼女を見つめるまなざし。あなたがこの映画を観たら、どんな感想を抱くだろうか。
と、またしても飲食の話に脱線してしまったが、閑話休題。私が映画を観る理由はとにかく好きで楽しくておもしろいからであり、ワンダーでエキサイティングであるからで、新しく何かを知るためにとか勉強するためにといった崇高な目的で観るのではない。しかし、結果的に、映画がそれまで知らなかった社会問題や歴史や事件や偉人の存在を教えてくれて、新たに知識を得たり問題意識が自分の中に芽生えたりすることは往々にしてある。冒頭で「何か言える資格が」と書いたが、きっと本当は何も言う必要はなく、そういう映画を観たことは自分の血肉となり、その後の生き方やふるまいに静かに影響を与え続けるのかもしれない。
最後にやっと泣けたロゼッタと、彼女を見つめるまなざし。あなたがこの映画を観たら、どんな感想を抱くだろうか。