楠木雪野のマイルームシネマ vol.15「ジグザグ道を走る」

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楠木雪野のマイルームシネマ vol.15「ジグザグ道を走る」
 「友だちのうちはどこ?」はイランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督の代表作だ。

 主人公は小学2年生の男の子。同級生の友だちの宿題用のノートを誤って自分の家に持ち帰ってしまい、返すために「先に自分の宿題をやってから遊びに行きなさい」と言う母親の目を盗んで家を飛び出す。

 しかし友だちの家はどこにあるのかわからない。コケルという村の名前がわかっているだけだ。それでも少年アハマッドは友人ネマツァデのノートを手にしっかりと持ち、コケルまでの道を疾走し、途中でいろんな人に家の場所を尋ね、彼の従兄弟が入れ違いに自分の村に出かけたと聞くとまたもや走って引き返し、しかしまたコケルに戻り…と奔走する。

 たかが宿題、1日くらい忘れてもいいじゃないかと思うかもしれないが、アハマッドにはどうしてもノートを今日中に返さないといけない理由があった。ネマツァデはその日の学校でも宿題ノートを忘れていき、3回目だぞと先生に厳しく叱られ、次にやったら退学だと宣告されて泣いていたのだ。他のキアロスタミ作品「ホームワーク」などでも描かれるが、イランの先生はものすごく厳しいらしい。

 ネマツァデが退学になってしまうという不安や家の場所がわからない心細さ、ここかと思ってもことごとくはずれる落胆。無表情な大人や姿を見せず泣き続ける猫、暗くなってくる空、入り組んだ階段や路地が、それらを代弁するように物語る。

 がしかし、アハマッドは遂に「ネマツァデの家なら知っている」という人物と出会う。これは有力情報提供者の出現か、と観ているこちらも期待し、その人といろんな話をしながら暗くなった村を歩くアハマッドにもう少しだがんばれと感情移入する。さてその顛末は…。というお話しです。


 この映画に私はおおいに感動し、観終わったあとのあまりの清々しさに痺れていたのだが、そういえば自分にも似たような経験があったことに後から気づいた。小学2年生か3年生の時の事だったので、まさにアハマッドやネマツァデと同じ歳の頃だ。

 2つ歳上の姉が同級生のお誕生日会に呼ばれ、いきさつは覚えていないのだが姉は先に出かけ、私が後から母の焼いたアップルパイを届けることになった。自転車のカゴにアップルパイの入った箱を載せ、私が届けるから!と意気揚々と出発した私はしかし、その子のうちにたどり着くことができなかった。あれ?場所を知っていたはずなのに、この辺なのにと焦りながら同じ所をぐるぐると自転車で回り、結局泣きながら家に戻った。

 アップルパイはそのあと母が届けてくれたのかこれも全く覚えていないのだが、はりきって家を飛び出した時の心持ち、わからなくなって同じ所を何度も漕いでいた悲しさ、自分への情け無さ、お願い見つかってくださいと祈るような気持ちは今でもはっきり覚えていて、もう笑い話になっているが、思い出すと少し心臓の奥がキュッとなる。

 そんな事を思い出し、子どもは目的の場所が曖昧でも飛び出してしまうものなのかな…大人と違ってそこがいいのかもしれない…と考えていてふと、いや、今の小学2年生はもしかして、スマホのmapアプリを使いこなして、目的地をしっかり設定・確認して出かけ、迷うことなく無事到着するのか?と思い至った。防犯上の事情もあるし、アハマッドや昔の私のようにベソをかきながら友だちのうちを探す子どもは、今の世にはもうあまりいないのかもしれない。
 この「友だちのうちはどこ?」「そして人生はつづく」「オリーブの林をぬけて」は連作となっており、“ジグザグ道三部作”と呼ばれている。文字通り山を越えるジグザグした道が毎回出てくる。

 「友だちのうちはどこ?」だけを観ても十分おもしろいのだが、続けて後の2作品を観ると、“映画の構造”とも言うべきそれに驚き感心し、アッバス・キアロスタミの凄さと面白さにガツンとやられることとなった。

 あなたがこの映画を観たら何を思うだろうか。ご興味があればぜひ。音楽もとてもいいですよ。

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この記事のライター

楠木雪野
楠木雪野
楠木雪野 くすききよの
イラストレーター。1983年京都生まれ、京都在住。会社勤めを経てパレットクラブスクールにてイラストレーションを学び、その後フリーランスに。エリック・ロメールの『満月の夜』が大好きで2015年に開催した個展の題材にも選ぶ。その他の映画をモチーフにしたイラストも多数描いている。猫、ビールも好き。

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