アルノー・デプレシャンの映画に登場する、ポール・デダリュスという名の男

LETTERS ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
アルノー・デプレシャンの映画に登場する、ポール・デダリュスという名の男
 アルノー・デプレシャンの映画において、『そして僕は恋をする』で登場して以来、『あの頃エッフェル塔の下で』、『映画を愛する君へ』と、それぞれの時代でのポール・デダリュスが描かれている。トリュフォーが5作品を通じて描いたアントワーヌ・ドワネルと比べられることがあるが、デプレシャン作品におけるポール・デダリュスが決定的に違うのは、トリュフォーのように同じ俳優でその成長を順を追って描くようなことはせず、異なる俳優、前後する時制・時代という形で、あえてずらした形で映画に取り入れていることだ。

 『そして僕は恋をする』、『あの頃エッフェル塔の下で』の、どちらかというとフィクション要素の強いキャラクターに、『映画を愛する君へ』の自伝的なエピソードを多く含んだポール・デダリュスが加わることによって、揺らぎが強まり、デプレシャンが描いてきた一連の映画の世界がより複雑な魅力を持つことになっている。

 このポール・デダリュスの人生を各作品で描かれるエピソードと年齢をピックアップして年齢順に把握していくと、3作品が絶妙に交錯しているので、ぐるぐると何度も見て楽しみたくなる。早速見ていくことにしよう。
ポール・デダリュス
1970年10月29日生まれ フランス ルーベ出身

※『あの頃エッフェル塔の下で』においてのパスポートに記載。アルノー・デプレシャンは、1960年10月31日生まれ フランス ルーベ出身。
6歳(『映画を愛する君へ』)
祖母に連れられて初めて映画館で映画を観る。上映されていたのは『ファントマ 危機脱出』。

「映画を愛する君へ」
© 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Hill Valle

10歳(『そして僕は恋をする』)
祖父母の家に遊びに行った際に小説を書くがノート1ページで挫折。そこに書いてあった、“父親は小心者の資産家で退屈な日々を送っていた~”などの表現が母親に見つかり、ひどく叱られる。
10歳~11歳?(『あの頃エッフェル塔の下で』)
精神を崩している(と思われる)母親を部屋に入れまいとナイフで威嚇する。その後、ポールは家出し、大叔母(ポールの母親のおばさん)の所に身を寄せる。

※ちなみにこの大叔母を演じているのは『ママと娼婦』で有名なフランワーズ・ルブランだが、『映画を愛する君へ』では、ポールの祖母を演じている。祖母=ポールの母親の母親と、大叔母=ポールの母親のおばさん=ポールの母親の母親の姉か妹ということになるので、同じ役者が演じていても合点がいくことになる。
11歳(『あの頃エッフェル塔の下で』)
母親が自殺
14歳(『映画を愛する君へ』)
年齢を偽り、ベルイマンの『叫びとささやき』を観る。
16歳(『あの頃エッフェル塔の下で』)
同級生のマルクと高校の研究旅行で旧ソ連ミンスクへ。マルクは、ユダヤ人のイスラエル移住の支援をしており、ポールは自分のパスポートを盗難されたことにして、渡してしまう。これによって後々、外交官となったポールにスパイ容疑がかけられることになる。

「あの頃エッフェル塔の下で」
©JEAN-CLAUDE LOTHER / WHY NOT PRODUCTIONS7

19歳(『あの頃エッフェル塔の下で』)
妹の同級生、16歳のエステルと恋に落ちる。ポールはリール大学の学生だったが、人類学を学ぶため、ベアンザン教授の授業を受けるべく、パリのソルボンヌ大学へ。エッフェル塔が見える屋根裏部屋に住む。パリで学び、休日にルーベを訪れるという生活をするこの間、エステルとは手紙で思いを確かめ合う。劇中のテレビではベルリンの壁が崩壊するニュース(=1989年)。

この時代、ポールの従弟のボブは、一度だけ、エステルと寝てしまう。このボブは『そして僕は恋をする』にも遊び人の男である従弟として登場する。

「あの頃エッフェル塔の下で」
©JEAN-CLAUDE LOTHER / WHY NOT PRODUCTIONS7

22歳(『映画を愛する君へ』)
パリ第3大学でパスカル・カネの授業を受け、映画館ではコッポラの新作を3回観る。そして、スタイル・カウンシル「My Ever Changing Moods」がかかっている店で元カノの友だちとキス。この元カノがエステルなのかは不明。

※1970年生まれのポール・デダリュスからすると、22歳は1992年頃ということになるのだが、このコッポラの作品は、『ペギー・スーの結婚』(1986年の作品)で、「My Ever Changing Moods」も1984年リリース。なので、これは1960年生まれのデプレシャンの当時の年齢や時代に近い。

「映画を愛する君へ」
© 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Hill Valle

29歳(『そして僕は恋をする』)
心ならずもパリ大学哲学科の専任講師に就いている。エステルとの仲は倦怠期ながらも続いている。従弟のボブと同居。2年前に親友ナタンの恋人シルヴィアと浮気していたポールは、シルヴィアと再び…。

「そして僕は恋をする」HDリマスター版
©Why Not Productions

30歳(『映画を愛する君へ』)
パリ。映画館で観たトリュフォー『大人は判ってくれない』のオープニングに感銘を受け、気持ちも新たに映画を志す。

※これも1970年生まれのポール・デダリュスからすると、2000年頃ということになるのだが、デプレシャンのデビュー作『二十歳の恋』が1991年=31歳の時なので、デプレシャン本人の年齢と呼応する。

「映画を愛する君へ」
© 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Hill Valle

49歳?(『あの頃エッフェル塔の下で』)
旧ソ連タジキスタン。人類学者で外交官のポールは、“潮時”と、パリへ戻ることにする。パスポートのトラブルをきっかけに、少年時代から10代の終わり、若かりし日々を思い出すことになる。

※『あの頃エッフェル塔の下で』では人類学者だけれども、『そして僕は恋をする』では哲学の専任講師だったではないか??と思うかもしれないが、人類学は哲学の概念を応用するので、“心ならず哲学の教鞭をとっている”ことは、辻褄は合っている。

「あの頃エッフェル塔の下で」
©JEAN-CLAUDE LOTHER / WHY NOT PRODUCTIONS7

 言うまでもないが、このポール・デダリュスの人生が整合性をもっている必要はなく、『映画を愛する君へ』での、“さまざまなポール・デダリュスがいる”というニュアンスを含んだキャラクターの使い方が混ざってくることで、それぞれのデプレシャン作品をまた見直していくということになれば、より映画は楽しくなるのではないだろうか。
映画を愛する君へ
1月31日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
監督・脚本:アルノー・デプレシャン
脚本:ファニー・ブルディーノ
製作:シャルル・ギルバート 
共同製作:オリヴィエ・ペール
音楽:グレゴワール・エツェル
撮影:ノエ・バック
衣裳デザイン:ジュディット・ドゥ・リュズ
出演:ルイ・バーマン クレマン・エルヴュー=レジェ フランソワーズ・ルブラン ミロ・マシャド・グラネール(『落下の解剖学』) サム・シェムール ミシャ・レスコー ショシャナ・フェルマン ケント・ジョーンズ サリフ・シセ マチュー・アマルリック(『フレンチ・ディスパッチ』)

2024年/88分/フランス/原題:Spectateurs! 英題:Filmlovers!/カラー/5.1ch/2.35:1
日本語字幕:福家龍一
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ
配給:アンプラグド
© 2024 CG Cinéma / Scala Films / Arte France Cinéma / Hill Valle 
公式HP unpfilm.com/filmlovers

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ザ・シネマメンバーズ 榎本  豊
ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
レトロスペクティブ:エリック・ロメールを皮切りにした2020年4月のザ・シネマメンバーズのリニューアルローンチから、ザ・シネマメンバーズにおける作品選定、キュレーションを担当。動画やチラシその他、宣伝物のクリエイティブなども手掛ける。

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